「俺だって、好きな子ぐらい居るッスよ!」
部活終了後の部室に、赤也の声が響いた。
赤也と話をしていた丸井達のみならず、会話に加わっていなかった真田、柳、幸村も思わず手を止めて振り向いた。
一斉に先輩達の視線が自分に集まったのを感じて、少し恥ずかしそうに赤也が続けた。
「…ってか、居た…ってのが正確なんですけど…」
しどろもどろになりながらの言葉に、丸井が応じた。
「幼稚園の時にいじめてた女の子…なんて言うなよ」
よくある『初恋パターン』を挙げて牽制する。
「違うッスよ!」
ムキになって赤也は答える。
「じゃあ、どんな子なんだ?」
興味津々とばかりに丸井は先を促した。
どういう流れでこんな会話になったのか…
赤也自身もよくわからなかったけれども、今更後には引けないのは持って生まれた負けん気の強い性格故。
「小学校の時なんですけどね、4年生になってすぐに学校で見かけたんですよ」
「クラスメイトなん?」
仁王も愉しそうに会話に加わる。
「違うッス。…たぶん、転校生だったと思うんだけど…」
赤也は一旦言葉を切った。
思い出すように優しい笑みが赤也に浮かんでいた。
「俺の小学校って、制服あったんッスよ」
赤也は同じ小学校出身の柳に同意を求めるように視線を向けた。
柳は優しく頷いて返す。
「でもね、その子私服だったから、多分転校してくる前に学校見に来たんだと思うんッスよ。俺、たまたま休み時間に校長室の前の廊下通っていて、そん時に、教頭先生が校長室に入っていって、開いたドアから見えたんッスよ」
「転校生だったら、その後にも会えたんだろ?」
当然の質問を丸井がした。
「それが、俺の学年じゃなかったから…他の学年だったら、全然わかんねぇし…」
どうやら、本当に一目見ただけの女の子を『初恋の君』と大事にしている様子であった。
「そうだな…転校してきたのであれば、その後に学校で会う事もあるかもしれないから、もしかしたら反対に、転校していった子かもしれないな。…俺も、転校した時は、最後に親と校長室に挨拶に行った覚えがある」
柳の意見に赤也は頷いた。
「そうッスね…そっちの方が有り得ますよね。見た目だけど俺とそんなに変わらない学年に思えたから、もしも転校して来たんだったら、卒業までに絶対に学校で見かけただろうし…」
話を聞いていた幸村が、微笑んで告げた。
「綺麗な思い出だね。赤也にもそんな一面があっただなんて…驚きだけどね…」
その言葉に恥ずかしそうに赤也は口を尖らせる。
「酷ぇ…!俺だって、普通の小学生だったんっすからね」
居並ぶ先輩達は、口々にはやし立てたりするものの、この恋愛には全く無頓着そうな生意気な後輩の綺麗な初恋の思い出を誰もが暖かく受け止めていた。
「でもね、一瞬しか見えなかったけど凄く覚えているんッスよ。おかっぱ頭で大人しい感じで…忘れられないんですよね」
その言葉に、一瞬柳の表情が動いたのに、真田と仁王が気づいた。
仁王が確認するように口を開く。
「赤也、その子…私服と言うておったけど、スカートはいておったん?」
何故そんな事を聞くのかと不思議そうに赤也は白髪の先輩を見る。
「違うッスよ。校長室のソファに座ってんのが横から見えたんだけど、Gパンみたいな感じだったッス。
それが返って印象的だったんッスよね。凄ぇ可愛いのにスカートじゃない…ってギャップがあって…でも似合ってたんすよ」
丸井が笑いながら口を挟んだ。
「思い出は美化されるもんだしな!…じゃ、赤也の初恋話も聞いた事だし…そろそろ帰ろうか」
それに応じて、赤也は自分の荷物に手を伸ばすと、素っ頓狂な声を上げた。
「やべ!俺、プリント出すの忘れてた…!」
慌ててテニスバッグのポケットから折り畳まれた紙を取り出す。
「真田副部長、柳先輩、俺、速攻で戻ってきますんで…」
最後まで言わせないで真田が応じた。
「待っているから早く提出してこい」
「了解ッス!」
大急ぎで赤也が部室から飛び出して行くのを見送って、真田が柳を見た。
「…蓮二、どうした?」
赤也が居なくなった途端に、柳が口元に手を当てて下を向いてしまっていた。
その姿を見て、仁王が薄く笑った。
「柳、お前さんが赤也と同じ小学校に転校したんはいつやった?」
柳は、この詐欺師と呼ばれる友人が、全てお見通しで有ることに気づきながらも答えた。
「…5年の1学期の途中だ」
「ちょうどの時期やな…」
「もしかして…」
会話の意味に気づいて幸村が驚いたように柳を見た。
滅多に見られない、参謀・柳蓮二の困惑した姿がそこにあった。
それで充分だった。
残りのメンバーも即座に理解する。
「校長室に私服で行った覚えは?」
確認するように幸村が訊くと、柳は素直に答えた。
「ある。制服や教科書を受け取りに行った時は私服で…Gパンではなかったがな…確か、そういった色合いのズボンだったと思う…」
呆れたように丸井が笑い声を上げた。
「マジかよっ…!!ってか、赤也、本気で気づいて無いじゃんか!」
「切原君の頭の中では、完璧に女子としての認識ですからね。その後に男子制服の柳君と会ったところで、それが直結することも無かったのでしょう」
柳生が正確に当時の赤也の状況を予想して告げた。
柳は顔を上げた。
その頬が微かに紅潮しているのは決して灯りの加減では無いであろう。
「いいか、皆この事は絶対に赤也には言わないでいてくれ。…赤也の夢を壊したくは無いからな」
柳の言葉に、全員が苦笑しながらも約束した。